キャンプ飯は簡単でいい。30年やって”寿司とカップ麺”に行き着いた話 | 車とバイクのベルブログ
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過去にバイクで年越宗谷、ベトナム縦断、台湾一周、日本一周を経験。
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キャンプ飯は簡単でいい。30年やって”寿司とカップ麺”に行き着いた話

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Yahoo!ニュースに載った、たった一枚の写真

先日、Xに何気なく投稿した写真が反響を呼んだ。

「スーパーの寿司かカップ麺でええんや」

そんな一言と一緒に載せた写真が、気づけば45万回以上表示されていた。よろず〜ニュースに取り上げられ、最終的にはYahoo!ニュースにまで載った。正直、自分が一番驚いている。

コメント欄を見ると、いろんなキャンパーから「結局こうなる」「わかりすぎる」という声が届いた。今日はなぜ自分がこの結論にたどり着いたのか、そのあたりをゆっくり書いてみようと思う。

昔の自分は「キャンプ飯」に気合いを入れていた

キャンプを始めてから30年、会社を辞めてバイクで日本一周をするまでの間、自分も形から入るタイプだった。重い鉄板をわざわざ積んで、焚き火台を組んで、時間をかけて料理を作っていた時期がある。

それが変わったのは、ある北海道ツーリングがきっかけだった。

北海道ツーリングで気づいた、セコマの100円パスタ

いつも新日本海フェリーで小樽に渡り、そこから北海道を走る。最初の頃は「大自然の中でちゃんとキャンプ飯を作るぞ」と意気込んで、重い鉄板や焚き火台をバイクに積んで走っていた。

現地を走っていると、セイコーマートがある。出来立てのホットシェフは有名だが、値段はそれなり。目をつけたのは棚に並んでいる100円ちょっとのパスタや焼きそばのシリーズだった。

100円だし大した味じゃないだろうと思っていたら、これが普通に美味い。結局その旅では、その100円パスタばかり食べて終わった。わざわざ積んでいった調理器具は、ほとんど出番がなかった。

あの時の自分に言ってやりたい。そんなもの持っていかなくても、現地に安くて美味い飯が待ってるぞ、と。

「家で食うのと何が違うの?」に僕なりに答えると

この話が広がったとき、コメント欄で「家でカップ麺食べるのと何が違うんだ」という意見をもらった。気持ちはわかる。でも違うのだ。

家のテレビの前で食べるカップ麺と、バイクを何百kmも走らせて冷え切った体で、虫の声を聞きながら食べるカップ麺は、脳への染み渡り方がまったく違う。外で食べれば、普通のカップ麺が異常に美味い。お湯を沸かすこと自体がもう楽しい。

飯の中身は正直なんでもいい。スーパーの弁当でも、惣菜でも、カップ麺でもいい。ただなぜか、バイクを走らせてキャンプ場に向かっていると、今日はスーパーの寿司でも買おうかな、という気分になる。大トロは絶対に買わないけれど、普通の安いパックの寿司を、誰もいない山の上や静かな湖のほとりでそのまま食べる。これが一番贅沢な時間だと思っている。

キャンプ飯を簡単にする一番の理由は「片付け」

スーパーの寿司や弁当でいいと思う一番の理由は、実は手軽さだけじゃない。後片付けを全部サボれるからだ。

ソロキャンプの夜、凝った料理を作ると、暗い中で油まみれのクッカーをわざわざ水場まで洗いに行かなければならない。水は冷たいし、足元も悪い。あの時間が少しもったいないと感じるようになった。

飯を手抜きにすると、料理と片付けの時間がそのまま浮く。その時間で、キャンプ場の周りを散歩したり、暗くなっていく空を眺めたり、ランタンの明かりで静かに本を読んだりする。何もしない、何にも縛られない時間。それが大人のソロキャンプの楽しみだと思っている。

コーヒーも今はほとんど豆を挽かない。ドリップは香りがいいが正直めんどうなので、スティックコーヒーで済ませている。荷物と手間を削っていくと、最終的に残るのはごくわずかな道具だけになる。

✅ 削ぎ落とした先に残ったもの

お湯さえ沸かせれば、スティックコーヒーもカップ麺も片付く。荷物を減らしたい人が最初に見直すべきはここだと思う。

ベル
ベル

ちなみに僕が使っているバーナーはこちらです

ソロキャンプと、ファミリーキャンプは別物

誤解してほしくないのだが、すべてのキャンプで手を抜けばいいというわけではない。コメント欄でも「子供が小さい頃は不便を経験させることに意味がある」という意見をもらって、本当にその通りだと思った。

誰かと行くキャンプ、ファミリーキャンプは、火を起こしてみんなで苦労して調理する経験そのものが楽しい思い出になる。飯を焦がして食べられなくなっても、それはそれでいい経験だ。

でも、大人が一人でバイクにまたがって出かけるソロキャンプは、もうこれ以上日常の義務を頑張らなくていい場所だと思っている。

それでも、最低限「これだけは削らない」というものはある。寝袋とマット、そして小さなLEDランタンだけは今も持っていく。快適な睡眠だけは削ると翌日の走りに響くからだ。

✅ 睡眠だけは妥協しない

ベル
ベル

僕が使っているシュラフは永久保証のナンガ製です

日本一周の途中で考えた「自由の終着点」

仕事を辞めて日本一周の旅をしていたとき、大真面目にこう考えていたことがある。本当の自由の終着点は、ホームレスなんじゃないか。家も持たず、縛るものが何もない状態。それが究極の自由なのかもしれないと、本気で考えたことがあった。

でも、結局は違った。自分たちに必要なのは、社会から完全にいなくなることじゃない。

僕たちに必要なのは「ちょうどいい自由」

週末にちょっとバイクを走らせて、テントを張って、スーパーの弁当を食べて、冷えたビールを飲んで、静かに本を読む。このちょっと不便で、ちょっとチープな空間にこそ、現実の忙しさを忘れて明日からまた生きていくための、ちょうどいい自由が詰まっている気がする。

もし今、ネットのおしゃれなキャンプ飯を見て「自分もハードル高いな」と感じている人がいたら、次の週末、近くのスーパーで好きな弁当やカップ麺を買って、お気に入りの場所に飛び出してみてほしい。それだけで、そのキャンプは100点満点だと思う。

✅ 最後に、腰を落ち着ける場所だけ

調理器具はいらなくても、座って弁当を広げる場所だけはあった方がいい。軽くて小さい折りたたみチェアが一つあるだけで、「ただ座って食べる」だけの時間が急に贅沢になる。

まとめ|次の週末、弁当とカップ麺を持って出かけよう

形に囚われず、気楽に旅を楽しんでほしい。キャンプ飯は簡単でいい。30年やって行き着いたのは、そういう当たり前のことだった。

この記事が少しでも共感できるなと思ったら、次の週末、近くのスーパーで弁当かカップ麺を買って出かけてみてほしい。

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